Atelier Rëm(アトリエレム)主宰
ペンネーム;れむタナカ a.k.a Rëm TANAKA
昭和末期、福岡県大野城市の病院で産声をあげる。
幼少期、父と母の夫婦喧嘩ばかり見て育つ。
なんか序盤はキーキー言い合いをしてるけど、最終的には癇癪起こした父親の暴力でだいたい決着が付くのを何度もリピート再生。すると、子供なりにだんだん「喧嘩の勝ち方」のようなものを憶えだす。
4歳児、コミュニケーションの取り方は下手だけど、喧嘩の勝ち方が上手な子供の完成!そのまま保育園へ送り出されるが、なんか全然馴染めなくて、荒くれまくって保育園行きたくない病発動。
身体を使う遊びはあまり得意ではなかった。ただチカラのままに押せばいいブランコはできたけど、4人乗りブランコがフレームから外れるほど強く押しすぎて自爆。危ないのでそれ以降近づかなくなった。
そんな中、『ゲームは勝てばいい』という思想に取り憑かれ、ファミコンのゲームにハマる。バルーンファミリーやスーパーマリオブラザーズ3なんかが好きだったなぁ。但し、決められたルールの中でなら多少マナー悪くても勝ちにいくスタイルをすぐに発動するので友だちは少なめ。
くじ運わるい。
じゃんけん弱い。
少年期、弟やせっかくできた友だちと、しょっちゅうケンカをする。
ケンカ相手を探してる?“じぶんはつよい”と錯覚。
後にわかるが、ドラゴンボール孫悟空からの影響は強い。あのセカイでは、強い者が勝者であり、そして常に勝者が正しかった。ケンカに勝てば仲間が増えてみんなが笑顔になっていた。それが、ドラゴンボールのセカイ。
しかし、現実はちがった。
喧嘩最強目指して中学生になるも、急に女子からモテ出して勘違い。急な変化球すぎて頭が追いつかなくなる。喧嘩最強キャラは剥奪され、学年一のモテキャラへと強制キャラ変させられたのである。
中2で同級生からスカウトされバンドのボーカルをやる。そのことでさらに勘違い爆発!高校への進路よりも東京行きを決意。
そして、見事なタイミングで、東京の芸能事務所を名乗る男からのスカウトを受ける。(この時から想いの力が凄まじいのね)
タナカ少年、勘違い通り越してパニパニパニック状態で東京へGo!ズドーン!!
周囲のみんなに『タナカくんは芸能人になった!』って持て囃(はや)されて、早くも帰る場所を無くす。OMG
(子ども時代から苦労したんだねぇ😢)
15歳になる年には東京にいた。そこは、東京の外れ、下町の江東区東大島だった。
(つづく)
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ペンネームの表記;Rëm TANAKA
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