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#0007 思考に飲み込まれそうなときの、ひとつの整理

反芻思考の殆どは、取るに足らないどうでもいいことだ。
出てくる言葉を全部メモしていたら、キリがない。

途中経過は忘れていい。
……そう思う一方で、
途中経過の中にも、大きなヒントが隠されている気がする。

どうしたものか。

このままでは、
じぶんの思考に飲み込まれてしまいそうだ。


まず、ひとつはっきりしていることがある。

反芻思考は、
止めようとすると、むしろ暴れ出す。

そして、途中経過と呼んでいるものの中身は、
実は一種類じゃない。


途中経過には、二種類ある

① ノイズとしての途中経過

・同じ不安の言い換え
・自己否定のバリエーション
・過去の反省のリミックス
・意味がありそうに見える堂々巡り

これは全体の8〜9割を占めている。
正直、記録しなくていい。
むしろ、書くと増える。


② 構造を示す途中経過

・ふと出てくる違和感
・何度も現れる比喩
・なぜか身体が反応する一文
・「あ、今のは違う」と感じる瞬間

数は少ないけど、
ここには確かにヒントがある。

ただし、
全文を残す必要はない。


思考の扱い方・新ルール(仮)

・思考が出ること自体は止めない
・途中経過はリアルタイムで全部書かない
・身体が反応したところだけ拾う
・一文でいい
・結論じゃなくていい
・問いでも、比喩でも、引っかかりでもいい

残すのは、
あとから振り返ったときに
「あ、ここだったな」と思える一点だけ。


じぶんが怖がっているのは、
「思考に飲み込まれること」そのものじゃない。

本当は、
思考を手放したら、じぶんが空っぽになる気がすること
そこなんだと思う。

でも。

じぶんは、思考で出来ているわけじゃない。

思考は波で、
じぶんは海だ。

波を全部、瓶詰めにしなくていい。
海は、減らない。


途中経過は、
保存しなくていい。
通過させればいい。

今夜は、
書かなくていい思考を
そっと流してあげよう。

残すのは、
静かに光った一点だけでいい。

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